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ネットワーク アーキテクチャ考 (36) アーキテクチャ変遷 これまでとこれから(Architects Innovation Forum 2023より)


2023年7月27日


3年ぶりの Architects Innovation Forum

先日、Architects Innovation Forum (AIF) を3年ぶりに開催することができました。AIFとは、主にサービスプロバイダーのトップアーキテクトが一堂に会し、これからのネットワークアーキテクチャの変革について考えたり、「次の一手」を議論したりする、弊社主催のフォーラムです。2018年に開始し、2020年までに 3回実施しました。初回の様子についてはこちら(「ネットワーク アーキテクチャ考 (24) 壁を取り去る(Architects Innovation Forumより)」に記述しています。お客様からご講演やご意見・ご質問をいただけたり、Ciscoのアーキテクト・技術責任者たちと、また、お客様同士で交流していただけるのが、このフォーラムの真髄です。しかしパンデミックにより暫く休止を余儀なくされていました。一時は、寝食共にする合宿形式の会合なんてもう二度と開催できないのではないかと思ったこともありました。今回、多くの方のご尽力のおかげで復活することができたことに、深く感謝いたします。

アーキテクチャの変遷について

このフォーラムでは、一貫して「アーキテクチャ」を話題の中心に据えています。多くのことがトレードオフの関係にある中、システムの性質を決定づけるのはアーキテクチャであるため、アーキテクチャを議論することが、次のネットワークシステムを考察することになります。

本来の意味でのアーキテクト(建築家)であるノーマン・フォスターの言葉に、「アーキテクトとして、あなたは、本質的に未知の未来のために、過去を意識して、現在をデザインする」というものがあります。 ノーマン・フォスターは世界的に著名なアーキテクトであり、機能と芸術性だけでなく、自然環境や人間との調和で知られていますが、彼のアーキテクチャデザインには「過去への意識」が重要視されています。それは、未来を意識するだけでは自然環境や人間への敬意が失われてしまう可能性がある、と考えているからのようです。[*1]

確かに、未知の未来しか視野になければ、独善的設計になってしまう可能性がある。現在の様相は過去に起因しているため、過去に縛られる必要は全くないが、なぜそうなっていたかということは意識をしておく必要がある。 −− 我々のシステムアーキテクティングにとっても参考になります。

30年を振り返る

そこで、この機に IP Networking におけるこの 30年をを振り返ってみたいと思います。インターネット商用化から 30年が経過し、Cisco 日本法人も昨年 30周年を迎えました。先日幕張で開催されたInterop Tokyo も今年で 30周年だそうです。

当初の IP Network のスローガンは ”Best effort, No guarantee” でした。確実性や品質にこだわる電話網に対してのアンチテーゼです。しかし、その利便性、シンプル性とスケール性で、それまでのネットワークシステムの概念を覆し、あっという間に ”Everything over IP” と言われるようになりました。その後、MPLS という技術が登場し、IP 網においても数 10msecでの Fast Protection、Multi tenancy、Traffic Engineering などが可能になりました。その後 SDN がブレイクし、それまでの完全自律分散型から論理的集中も取り入れるように Architecture Principle が少し揺り戻され、インテントベース・Declarative 制御、仮想化、自動化が実践されるようになりました。そして、Segment Routing により、Control Plane の簡素化、ステート・複雑性の縮減が可能になりました。また、SRv6 により、Label という Shim Layer を必要とせず、Native IP で全ての機能を実現することができるようになり、また Network Programming というコンセプトが導入されました。SRv6 の洗練化はさらに続いており、現在では uSID (micro Segment ID) により、大きな効率化を実現しています。

 

IPネットワークの変遷

 

こうしてみると、大体 5年周期くらいで、アーキテクチャ変遷が起こっていることがわかります。MPLS がトレンドになった 2000年から SDN が出てくるまでは 10年程度時間が空いていますが、その間、IP 業界 (?!) としては、IPv4 枯渇問題による IPv4/v6 共存移行技術や、AS 番号枯渇による 4 bytes AS などのアーキテクティングをしていたことを思い出します。

なお、それまでは IP Connectivity 自体が議論の中心でしたが、2010年くらいから Cloud centric になり、2020 年くらいからは、AI(ML/DL) centric になっています。

そして 2020年くらいから熱くなって来ているのが、Routed Optical Networking です。

 

Routed Optical Networking

アーキテクチャの変遷は、実際問題、簡単に起こせるものではなりません。アーキテクチャが組織を規定し、組織がアーキテクチャを規定する(コンウェイの法則 [*2])からです。また、タイミングが重要で、どんなに良いアイディアであっても、早すぎてもダメだし、遅すぎてももちろんダメです。そのため、ドラッカー先生は「変化を機会として利用せよ」[*3]と仰ってます。

私は 2000年にオプティカル入門書 [*4]を購入し少し勉強したことがあります。当時、MPLS の次に何を勉強しておくべきかと考えた時に、Optical 統合が来るかも知れない、と思ったためです。G-MPLS(Generalized MPLS、MPLS のコントールプレーンを Optical Networking にも適用させる)、などという技術が騒がれ始めた頃でした。しかし当時は、それが商用網に実装されることはありませんでした。それから 20年経った今、IP と Optical の融合が実際に起こり始めています!!!なぜ今なのか。

本当にタイミングというものは重要で、一定の条件や要因が揃わないとアーキテクチャ変遷は起こりません。Routed Optical Networking の場合、「技術的ブレークスルー」、「市場からの要請」、「オープンコミュニティの活発化」が相俟って、アーキテクチャ変遷を起こしていると言えます。Routed Optical Networking の場合は、下記のことが起こっています。

 

技術的ブレークスルー:

  • Coherent Optics の小型化
  • レイヤの縮減、コントロールプレーンの簡素化
  • Routing Scale の増大

市場からの要請:

  • 省電力
  • コスト削減
  • 運用のシンプル化

オープンコミュニティの活発化:

  • Open ROADM、Open ZR+、IOWN Global Forum など

 

そこで、今回の AIF では Routed Optical Networking を中心テーマに据え、通信事業者各社からの実践的で貴重なお話しや、IOWN 技術展望、ML/DL インフラやアーキテクチャ論についてのご講演を戴き、大いに刺激と学びを得ることができました。

これから

これからのネットワークシステムはどのように進化、変遷して行くでしょうか。

ひとつは、SRv6 の適用領域が拡大する可能性です。Wide Area のみならず、Data Center Fabric、そしてServer 側(User space, Kernel, DPU/Smart-NIC)にも実装されてきており、このことにより Computing と Networking の融合が進む可能性が高まります。

また、これまではサービスとそれを運ぶトランスポートを分離するために、トンネルオーバーレイが多用されていました。特に、領域ごとに異なる技術が実装されて来たために、他領域のインフラを不可知(agnostic)にするためにも、トンネルオーバレイが多用されていました。しかし SRv6 では、領域によらずデータプレーンを共通化することができ、また、Locator + Function で必要な機能・サービスとそれを実行するノードを表現することができるため、トンネルを必要以上に乱用しなくて済みます。このことからも、Computing と Networking の融合が進み、コンピューティングの偏在を実現することができます。

もうひとつは、光(Optics)の適用領域が拡大する可能性です。現在は、サイト間の接続に Coherent Optics が使われますが、データセンター内、さらにはシステム内に使用され Silicon と Optics が融合する(Co-packaged Optics)と、さらなる大容量通信を省電力で行うことができます(現在は Re-timer や Ser-des に電力が使われるため)。

現時点では、データセンター内かつ 400G/800G 程度まであれば Coherent Detection は必要ない(シンプルな Direct Detection の方が低コスト・低電力)ため、いつ実用化されるかはまだわかりません。しかし、光がそもそもの性質として持つ空間並列性、波長並列性を利用して、行列演算を光コンポーネントで行えば、計算時間を大きく縮減できる可能性があります。

このような光コンピューティングのアイディアも、それこそ 30年位前からあったようですが、今、Deep Learning の効率的なスケーリングには専用のハードウェアアクセラレータが必要であり、そのために Optics を活用する、ということが現実味を帯びて来たことに、期待が高まります。さらに Optics の、量子コンピューティング・ネットワーキングへの応用の検討も始まっています。多くの量子の取り組みが超伝導ケージやトラップされたイオン粒子に焦点を当てている一方で、Optics を使うことにより、超伝導から光へのトランスデューサーの必要がなくなり、かつ常温での扱いが可能になります。

そして、これらの技術開発を使ってアーキテクチャ変遷を起こすためには、オープンコミュニティが必要になります。ちょうど先日(米国時間2023年7月19日)、AI とハイパフォーマンスコンピューティングのためのイーサネット技術をチューンアップ・再定義するために、UEC  (Ultra Ethernet Consortium) [*6]の設立がアナウンスされました。大容量、低遅延、ロスレス、ネットワーク内での集約処理実行、などの Deep Learning ワークロード からの要請に、効率的に、スケール性を以て応えるためにはどのようなアーキテクチャと技術が最適か。以前よりコンピューティングとネットワーキングの融合の可能性を追いかけてきましたが、ネットワークアーキテクチャにより、ワークロードの効率化を実現する、というのは、とてもわくわくするテーマです。しっかり考察して行きたいと思います。

参考

[*1] https://www.archdaily.com/1002908/as-an-architect-you-design-for-the-present-with-an-awareness-of-the-past-for-a-future-which-is-essentially-unknown-on-fosters-body-of-work-and-evolution

[*2] https://en.wikipedia.org/wiki/Conway%27s_law

[*3] https://www.goodreads.com/quotes/878760-and-it-is-change-that-always-provides-the-opportunity-for

[*4] “Introduction to DWDM technology – Data in a rainbow”,  Stamatios V. Kartalopoulos, Wiley-IEEE Press, 1999

[*5] https://www.photonics.com/Articles/Silicon_Photonics_Accelerates_On-Chip_Neural

[*6] https://ultraethernet.org/

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