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真に“オープン”な実践が技術進化を加速-IETFの存在意義とは何か?


2023年3月8日


2023 年 3 月 25 日~ 31 日にかけて、横浜で第 116 回 IETF 会合が開催されます。日本での開催は 2015 年 11 月に開催された IETF 94 以来、7 年と 4 ヶ月ぶりです。Cisco Japan Blog では、全 3 回にわたって Cisco Japan で IETF に関わるメンバーに、IETF の意義や歴史などを聞き、そのあらましをお伝えします。第 1 回は、シスコの Distinguished Systems Engineer の河野美也さんに IETF とはどういった組織なのか、存在意義についてご意見をお伺いしました。インタビューと文はマーケティング本部の池田です。

 

日本での技術コミュニティ活動を世界に問うために IETF に参加

池田: まず、河野さんが IETF( Internet Engineering Task Force )に関わるきっかけについてお聞かせください

河野: 私は 1998 年あたりから、シスコで Tag Switching  (後の MPLS ) の技術開発に関わり、日本にその技術を広めようとしていました。そして、ソフトバンク(当時は日本テレコム)様を皮切りに、通信事業会社の数社が MPLS( Multi Protocol Label Swithcing )を採用して下さいました。しかし、実際に運用するとなると、いくつか不足している機能が見えてきます。例えば、LSP ( Label Switched Path ) 自体の正常性確認やトレース機能などは、実装の初期段階には存在しませんでした。そこで、そのような不足機能や高度化機能の検討や標準化を行うために、通信事業者の俊英アーキテクトたちとともに IETF に参加することになりました。その後、IPv6 の本格展開や、IPv4/v6 共存・移行に関しても、日本発での技術提案を行なったりしました。なお、MPLS の頃の俊英アーキテクトとは、その後技術や関心が変遷しても絶えず意見交換や議論を続けてきており、長い歳月を経た現在も、SRv6( Segment Routing IPv6 )関連や、 Mobile User Plane などの技術開発、標準化を、共に行わせて戴いています。私が MPLS 技術に取り組んだのはちょうど産休時代からのことですが、その時のこどもがもう成人していることを考えると、感慨深いものがあります。

 

池田: IETF について、簡単に解説いただけますか?

河野: IETF はインターネット関連技術の標準化を推進する団体です。IETF にはさまざまなワーキンググループがあって、様々な領域にまたがる技術仕様を、多くの人々が関わって、策定しています。IETF の他に、インターネットに関する将来の革新的な技術に関する検討を行う IRTF( Internet Research Task Force )があり、この IRTF と IETF で標準化文書の RFC( Request for Comments )を発行しています。RFC になる前の作業中の文書を I-D ( Internet Draft )と呼びます。

 

シスコの3つの“オープン”な思想が IETF と合致

池田: 標準化とはどのように進めるのでしょう。

河野: 技術の標準化団体は数多く存在します。ISO, ITU, IEEE, 3GPP などの国際標準機関や、各種フォーラムなど。そして、それら標準機関によって規定された標準は「デジュールスタンダード ( de jure standard ) 」と呼ばれ、スコープや期限を定め、トップダウンで標準規格を決めていく傾向にあります。そのような標準は規範的でありますが、一方、環境変化や漸進的進化に対応しにいくという面があると考えられます。

また、標準化団体では、それぞれの分野のエキスパートが集結して専門家同士で議論が展開されていきますが、その専門性故にサイロ化する可能性があります。もちろん、標準化団体間のリエゾン(協調関係)は積極的に構築され、協調が行われていますが、一方でその協調が「領空侵犯」を牽制するために機能することも多々あります。通常時はそれでもよいとは思いますが、アーキテクチャ変遷が必要な場合は、領域をまたいだ議論が必要になります。

 

池田: IETF は、それらの標準化団体と違いがあるのですか?

河野: はい。IETF は、標準化文書である RFC を発行するにあたって、ボトムアップで生成的な手法をとっています。

インターネットは、複数の独立したシステム( Autonomous System )から混成されている、疎結合( loosely coupled )システムです。これはまさに、クラウドネイティブな「マイクロサービス」と同じようなアーキテクチャです。このような、独立したコンポーネントが疎結合的にで緩やかに結合されているステムの特徴は、システム同士の相互作用が重要であり、かつスコープを定めにくいということです。何がどのように繋がってくるのか、システムの設計時に前以て予測することはできません。そして CI/CD という言葉のとおり、常に変化し、進化して行きます。

このため、インターネットに関わる技術は、スコープを決めてトップダウンで設計することは難しく、それが IETF の精神につながっていると思います。

 

池田: 現場からの声が集まって標準化の内容を決めていくということですね。シスコと IETF は、どのような関連性があるのでしょうか。

河野: シスコは「オープンスタンダード」「オープンソース」「オープンコミュニティ」の重要性を強く認識していますが、その考え方は IETF の在り方に通じるものがあると思っています。記念すべき第 100 回 IETF では、当時のシスコ CTO が IETF ホスト講演にてオープンスタンダード、オープンソース、オープンコミュニティの重要性について語っています。https://datatracker.ietf.org/meeting/100/materials/proceedings-100-host-speaker-series-00
その精神は今も、シスコにおいても、IETF においても変わらず重要なものです。シスコに所属している世界中のエンジニアが IETF の運営、議論、標準化と、様々な形で関わっています。

 

IETF における標準化の意義

池田: IETF はどのようなアプローチで RFC を発行しているのでしょうか?

河野: システム理論家である Mark W.Maier らによる ” Art of Systems Architecting ” によると、「アーキテクチャの設計方法」は 4 種類に分類できるとされています。

技術標準化のアプローチ

この「規範的」「合理的」「参加型」「発見的」という分類を参照すると、dejure standard は「規範的」もしくは「合理的」な設計方法を選択しています。

しかし、この設計方法ではスコープを定義できない、常に変化するシステムや前例のないシステム、そして環境条件の変化には対応しにくいという弱点もあります。

一方、「規範的」「合理的」という設計方法を補う方法として、「参加型」「発見的」といった設計方法が存在します。

「規範的」「合理的」がどちらかというとサイエンスと言われるのに対して、「参加型」「発見的」はどちらかというとアートであると言われます。アートなアーキテクチャ設計方法には厳格なセオリーはなく、皆でブレストしながら何かを決めて行くとか、教訓や経験から学んで決めて行くとか、そういったアプローチを取っていきます。

IETF での標準化はそれに近く、またオープンソースコミュニティも同様です。皆で技術提案やコードを公開し合って良いものにしていく。まさに IETF というのは、「参加型」「発見的」という標準化アプローチをとっている団体です。

こうして IETF での作業を通じて発行される RFC は、「デザインパターン」に似ている、と私は考えています。

 

池田: 「デザインパターン」とはなんでしょう?

河野: 「デザインパターン」とは、パターンランゲージという、建築家のクリストファー・アレクサンダーが住民参加の街づくりのために考案した設計の記述手法を用い、ソフトウェア開発などに応用したものです。何を解決しようとしているかという問題背景「 Context 」を記述し、次いでその問題「 Problem 」は何かということを記述、「 Force 」では環境条件の傾向や制約を記述し、それに対する解決策「 Solution 」をまとめ、再利用しやすいかたちに記述します。RFC もそれとほぼ同様の「生成的記述」となっています。

そのため RFC は、強制力のある標準というよりは、「ある時点において行われた合意の表出」であると捉えられます。新たな提案によって、更新があったり無効化されたりする可能性も常にあるというものだと認識されています。

 

池田: 時代とともにアップデートがなされることを前提とした取り決めなのですね。ちなみに、RFC には技術仕様を書いたものではなく、「格言」を記載したものも存在すると聞いたこことがあります。代表的なものいくつか教えていただけませんか?

河野: RFCの格言の1つに、“ We reject: kings, presidents, and voting. ”

「我々は君主、総裁、そして投票を含めたいかなる権威も認めない。」という格言があります。またそれと対になる格言として、

“ We believe in: rough consensus and running code. ”

「緩やかな合意と、実際に動作するコードを信じるのみ。」というものがあります。

これらはインターネットが皆のものであり、政府などいかなる権威からの制限や規制を受けないように努力して開発、運用していかなければならない、ということを示しています。「多数決」なら民主的でよいのではないか、とも思いますが、たとえ多数決を取ったとしても、実際にコードが動かなければ意味がありません。

他にも、” Be conservative in what you do, be liberal in what you accept from others. ”

「自分が行動するときは慎重に、他人から何かを受けるときには寛大に。」

という格言もありますが、これはネットワークシステム設計やプロトコル設計の根源に関わる指針となっています。各技術の標準化文書という側面以外にも、こういったインターネットの精神のようなものがまとめられている RFC もあります。

 

池田: なるほど。どんな権力からも縛られず、そして、コミュニティの意見を尊重し合うからこそ、IETF では自由な議論を繰り広げられるのですね。今回、久しぶりに日本で IETF が開催されます。最後に、参加される人に何かアドバイスをいただけますか?

河野: IETF での標準化は、ボトムアップでジェネレイティブな作業です。これは、現場で問題意識を持った人ならすべての人が発言する権利がある、という意味でもあります。

たとえば ITU-T だと、参加しているのは国の代表となるので、参加するのにもある程度の制限があります。一方で IETF は誰もが参加できるコミュニティです。特に、現場で、今扱っている技術について問題意識を持った人たちが自由に問題提起し、それをオープンに世に問うことで標準化されて技術が進んでいきます。

年齢・性別・国籍関係なく、良い技術的アイディアを思いついたり、現場で問題意識を持つことが、IETF に参加する一番大切な契機になると思います。ぜひ参加していただいて、現場でのフィードバックをこれからの技術進化のために活かしていただきたいと思います。

 

池田: 現場の技術の問題を抱えるエンジニアが1人でも多く参加すれば、より議論が活発化し、技術進化が進んでいくのですね。貴重なお話ありがとうございました。
 

Cisco エンジニアが語る IETF の魅力(全3回)

 

(3/22Update)

3月26日(日)のレセプションにおいて、Cisco ブースではOpen Roamingの展示を行います。ぜひお立ち寄りください。
詳細はこちら >> https://ietf116.jp/demos/

 

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