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5G-シスコが考えるサービスプロバイダー E2E アーキテクチャ 第5章 5G 時代のエンドツーエンド ネットワークスライシング(1)


2020年1月14日


第 5 章  5G 時代のエンドツーエンド ネットワークスライシング(1)

ここまでの章では、5G 時代の RAN/トランスポート/パケットコア/データセンターファブリックについて述べてきました。いずれの章でも「スライシング」というキーワードが出てきています。この章では、5G において注目されているトピックの一つであるスライシングについてさらに考察していきたいと思います。

 

5.1 ネットワークスライシングとは

4G までは、通信の主な対象が「人」でした。これに対して、5G では超広帯域、超低遅延・高信頼性、多接続という特徴を活かし、これまでの「人」から「あらゆるモノ」にまで、通信の対象が広がろうとしています。これに伴い、様々なビジネスユースケースへの 5G の展開が期待されています。そして、その実現にあたってはネットワークスライシングが重要な役割を担うことになります。

 

ネットワークスライシングは、各サービスの要件に応じて差別化された処理を提供する論理ネットワークの作成を目的としています。ネットワーク上の様々なファクター(遅延や帯域、可用性など)を考慮しながら、サービスに求められる SLA(Service Level Agreement)を満たす最適な論理ネットワーク(スライス)を構成します。一旦作成された後も継続して SLA を監視し、必要に応じてスライスを作成し直すことも可能です。SDN コントローラー、オーケストレーターと組み合わせることにより、スライスの迅速なプロビジョニング、継続的な監視、再構成の Closed Loop を自動で回すことができます。

 

ネットワークスライシングでは、キャリア網内の各ドメインを跨ぐ一気通貫なスライスを提供することが重要になります。エンドツーエンドで真にサービス要件を満たすには、RAN/トランスポート/パケットコア/データセンターの全てのドメインが一貫したポリシー、制御のもとでのエンドツーエンドのスライスを作成していくことが求められます。エンドツーエンドスライシングは、文字通りユーザ端末からデータセンター内の宛先アプリケーション・サーバー、もしくは企業向け通信であれば企業設備との接続ポイントまで一気通貫で繋ぐ専用ネットワークを、ビジネスニーズに応じて迅速、かつ柔軟に提供するものです。

図 5-1 ネットワーク・スライシング– カスタマイズド・ネットワーク・インスタンス

図 5-1 ネットワーク・スライシング– カスタマイズド・ネットワーク・インスタンス

 

5.2 スライスの求められる背景

5G 時代のいま、ネットワークスライシングが求められる背景を以下に挙げます。

  • URLLC(Ultra-Reliable and Low Latency Communications )などを活用した新サービスへの対応

5G において注目されているユースケースの一つが、ゲーミングや AR/VR などの超低遅延(URLLC)の特徴を活用したサービスです。エンドツーエンドで数 10ms 以下(場合によっては 10ms 以下)の遅延要件が求められるこれらサービスの通信においては、刻々と変化するネットワーク環境の中で、要求される通信品質を常に安定して担保できることがサービス提供の鍵となります。ネットワークスライシングを利用し、他のサービス(大容量通信サービスなど)と区別した低遅延専用スライス(低遅延に最適化された論理ネットワーク)を作成・展開することによってはじめて、低遅延サービスを提供することができます。また、伝送路の遅延が大きくなった場合などは、迅速に検知し、必要に応じて、経路変更などスライスの構成を自律的に組み替えることにより、求められる遅延要件を遵守しながら安定したサービスを維持することができます。このようにネットワークスライシングは、5G 時代の新サービス要件に応える、最適化された専用論理ネットワークの提供を可能にします。

  • セキュリティ

5G では、莫大な数の「モノ」が接続されてくることが想定されます。これに伴い、今まで以上にセキュリティリスクの増大が懸念されます。このため、企業からはキャリア網内においても他社の通信から自社の通信を隔離したいとの要望が増えています。ネットワークスライシングは、このような通信の隔離、セキュアなネットワーク提供の手段としても用いることができます。

  • 所有からシェアへ

これからのキャリア網は、自社の通信だけではなくMVNO(Mobile Virtual Network Operator)や ISP とシェアしながら様々な通信を重畳させていくシェアリングエコノミーの形態を取るケースが増えてくると考えられます。ネットワークスライシングは、このような他社サービスネットワークの閉域性を保ちながら、一つの物理ネットワーク上へ展開するケースにおいても有効な手段となり得ます。

  • 企業ユーザによるキャリアネットワーク・リソースの活用

ロボットや HD カメラなど企業のIoTデバイスが5Gで接続される環境においては、これら IoT デバイスの通信に対しても、その企業独自のポリシー(QoS ポリシー、セキュリティポリシー、等)の適用を望むケースがでてくると考えられます。この場合、キャリア網内にその企業専用のスライスを作成することで、企業はそのスライスを企業ネットワークの延長と捉えることができ、提供された API を通じて独自のポリシーを適用し自社ネットワークと同様の運用を行うことができるようになります。

 

5.3 各業界団体、標準化団体におけるネットワークスライシングの検討

ネットワークシステムにおいて、ネットワークに関するリソース(QoS キュー、Routing Table、Traffic Engineering Pathなど)を分離し、ネットワーク品質の差別化や運用管理の分離を行うことは、従来から行われていました。また、近年モバイルゲートウェイが仮想化され、論理的インスタンスを柔軟に生成および配置することが可能になりました。5G を取り巻く環境では、それらの論理分割をより柔軟かつ迅速で魅力あるサービス提供に結びつけるために、様々な業界団体や標準化団体がネットワークスライシングを定義し検討を進めています。次回ブログAppendix にて、各団体での検討状況を記載いたします。

 

5.3.1 各標準化団体・業界団体の検討状況まとめ

現在、多くの標準化団体・業界団体でネットワークスライシングの検討を行っており、それらを概観すると、いくつかの検討の側面が浮き彫りにされます。次の表に、検討の側面、主要な標準化団体・業界団体、検討のポイントを整理します。

表 5-1 標準化団体・業界団体のネットワークスライシング検討状況

検討の側面 標準化団体・業界団体 検討のポイント
Architecture NGMN、GSMA、etc. 価値、アーキテクチャ設計、全体ポリシー
Management, Orchestration ITU-T、IETF、ETSI ISG NFV、etc. 抽象化、自動化、サービス提供、サービス保証
Transport Slice IETF、MEF、IEEE、etc. リソースの共有と分離、Multi tenant/VPN、QoS、ポリシー、トポロジー分割
SLA モニタリングとアシュアランス
Packet Core Network Slice 3GPP CN Slice の共有と分離、ノード/スライス選択、Décor..
RAN Slice + UE 3GPP DL/UL スケジューリング、ハンドオーバー管理、呼制御ポリシー、電波利用管理、Dual Carrier ポリシー、リンク多重ポリシー、SON ポリシー

 

5.4 エンドツーエンドスライスの実現手法の一例

上記のとおり、現在各標準化団体・業界団体において各々のドメインを中心にネットワークスライシングの検討が行われています。そして、今後はエンドツーエンドスライスを見据えたクロスドメインでのネットワークスライシングの在り方が議論されていくことになると考えますが、現時点では、エンドツーエンドでの検討はまだ活発には行われておらず、各事業者が個別に手法を模索しているのが実情です。

このような状況で、エンドツーエンドスライシングを具体的に考える一助となるべく、低遅延サービス向けエンドツーエンドスライス実現手法の一例を以下に示します。

 

  • マネジメント・プレーン

下記例では、各ドメイン(RAN/トランスポート/ファブリック/モバイルネットワーク)に配置されたドメインコントローラと中央に配置された E2E(エンドツーエンド)オーケストレーターが連携しながら、オペレーターもしくはユーザの要求に沿ってエンドツーエンドでスライスのプロビジョニング、運用・監視を行っています。

  • フォワーディング・プレーン

RAN ドメインでは、無線のリソースブロック割当や波形をスライス毎に適切に選択することで無線区間における低遅延要求条件を満たし、 IEEE802.1q(VLAN)等でトランスポートとの橋渡しと区分けを行います。トランスポートドメインでは Flexible  Algorithm(Flex-Algo)[1] を用いて低遅延に最適化されたトポロジーを用意しています。ファブリックドメインでは IEEE802.1q によりスライスを区分しています。モバイルドメインでは低遅延サービス専用 UPF を立て、他のサービスから分離して低遅延処理を提供しています。

  • エンドツーエンドスライス上でのパケット転送

ユーザ端末は自身が属するスライス情報(S-NSSAI [2] 等)をコアノード(AMF,SMF 等)とやりとりし、スライスに紐付いた PDU セッションをターゲットの UPF(この例では低遅延専用UPF)との間で確立します。ユーザ端末からの PDU セッションを基地局(gNB 等)は GTP エンキャップ後、該当スライスに紐づく IEEE802.1q VLAN に転送します。トランスポートドメインでは Flexible  Algorithm にて用意された低遅延スライス専用トポロジー上で転送され、ファブリックドメインでは該当 IEEE802.1q VLAN 上を渡り、モバイルドメインでは低遅延専用UPFに到達します。その後、Gi−LAN 側に転送され同様に低遅延スライス専用トポロジー上で宛先まで転送されます。この例では、ユーザ端末から RAN/トランスポート/ファブリック/モバイル(パケットコア)、そしてデータセンターもしくは企業設備の接続点まで、同一ポリシー(低遅延)にてエンドツーエンドで低遅延に最適化されたスライスを実現している一例を示しています。

図 5-2 エンドツーエンドスライスにおけるスライシング実現手法の一例

図 5-2 エンドツーエンドスライスにおけるスライシング実現手法の一例

 

5.5 第一回のまとめ

今回は、5G において注目されているネットワークスライシングについて、ネットワークスライシングの概要、いま求められている背景を説明しました。

また、各標準化団体・業界団体の検討状況を俯瞰しました。現在、各団体ではそれぞれのドメインでの検討が中心となっております。キャリア網内の各ドメイン間を跨ぐ一気通貫なスライス(エンドツーエンドスライス)については、今後議論が進むことが期待されますが、ここでは、具体的な検討の一助となるべく、最後にエンドツーエンドスライス実現手法の一例をご紹介しました。

次回はネットワークスライシングの今後の展望について議論していきます。

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参考文献

[1] Internet draft: “draft-ietf-lsr-flex-algo”

[2] 3GPP TS 23.501 : “System architecture for the 5G System(5GS)”

 

用語集

RAN (Radio Access Network):ユーザ端末をコアネットワークへ接続する無線アクセスネットワーク

AR(Augmented Reality):拡張現実

VR(Virtual Reality):仮想現実

MVNO(Mobile Virtual Network Operator):無線通信回線設備を開設・運用せずに、自社ブランドで携帯電話などの移動体通信サービスを行う事業者のこと

URLLC(Ultra-Reliable and Low Latency Communications):5G 要件の一つで、超高信頼かつ低遅延な無線通信を実現

UPF(User Plane Function):コアネットワークにおいてユーザプレーン処理に特化した機能を提供

S-NSSAI(Single Network Slice Selection Assistance Information):スライス識別子

AMF(Access and Mobility management Function):登録管理、アクセス制御、モビリティ管理機能を提供

SMF(Session Management Function):セッション管理機能を提供

PDU(Packet Data Unit)セッション:ユーザ端末とデータネットワークが接続されている UPF との間で張られるトンネル

GNB(gNodeB):5G 用基地局

GTP(GPRS Tunneling Protocol):基地局とモバイルゲートウェイ間のトンネル

Gi-LAN:3GPP で定義された SGi インターフェイスに置かれる LAN

 

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