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ネットワーク アーキテクチャ考 (25) 海賊版サイトに対するブロッキング措置への違和感


2018年4月27日


今週、インターネット コミュニティに激震が走りました。首相官邸より「インターネット上の海賊版サイトに対する緊急対策(案)」[1] という声明が出され、それを受け、NTTグループ4社が「海賊版サイトに対してブロッキングを実施する発表 」[2] を行ったためです。

既に、多くの業界関係者や識者の方々が、SNS Blog で様々なご意見を表明されており、いちいち大きくうなずいたり、「えええ!」と思わず声を発したり、切なくなったりしながらそれらを読みました。しかし、違和感、やり場のないモヤモヤ感は募るばかりなので、ここで違和感のポイントをまとめておきたいと思います。

  1. 問題に対する解決策のミスマッチ
  2. コンプライアンス違反
  3. オープンなインターネット・通信の自由
  4. ディジタル時代のプラットフォーム
  5. 新たな時代の文化・芸術のあり方

 

1. 問題に対する解決策のミスマッチ

今回のサイト ブロッキングという手法は、例えるならば、悪質な商品を売る店の住所を地図から消す、人々が来訪できないように公共の道路を封鎖する、ということになります。問題に対する解決策になっていません。

「他に対策がないための緊急措置」とのことですが本当にそうでしょうか。

緊急措置といえば、2011 年にインターネットコンテンツセーフティ協会(ICSA)が設立され、児童ポルノ画像を掲載するサイトへのブロッキングが実施されました。この時も物議を醸しましたが,本当に他に取りうる対策がないのか、刑法上の緊急避難として措置を実施できるのか、2年以上の歳月をかけて検討が行われました。しかし今回の問題は著作権に纏わるビジネスの問題です。人権問題と同等に扱うのは違う気がします。

2. コンプライアンス違反

倫理と法令遵守は、社会人にとって、人間にとって、基本的な規範です。技術者倫理の授業では「それが上司からの絶対的命令であっても、おかしいと感じたら決して行動してはならない」と習います。それなのに、今回のような責任の所在が曖昧な声明では、関係者は頭を抱えるばかりです。資料[1]から抜粋します。(強調筆者)

「ブロッキングは、「通信の秘密」を形式的に侵害する可能性があるが、仮にそうだと しても、侵害コンテンツの量、削除や検挙など他の方法による権利の保護が不可能で あることなどの事情に照らし、緊急避難(刑法第37条)の要件を満たす場合には、 違法性が阻却されるものと考えられる。」「当面の対応としては、法制度整備が行われるまでの間の臨時的かつ緊急的な措置とし て、民間事業者による自主的な取組として、「漫画村」、「Anitube」、 「Miomio」の3サイト及びこれと同一とみなされるサイトに限定してブロッキング を行うことが適当と考えられる。」

3. オープンなインターネット・通信の自由

インターネットは、国境も無く、人々が協調して自由な情報交流を実現する理想郷を実現しました。でもそれが続いたのは、参加者=開発者=運用者であったほんの一瞬のことでした。その後ユーザがあっという間に増え、例えば日本では人口普及率 83.5になっています[3]。つまり普通の社会と何ら変わらず、事故も起これば犯罪もあります。そのため、ネットワークのセキュリティを維持するために、フィルタリングなどの手段を講じる必要があります。今のインターネットは完全にオープンでシームレスという訳ではありません。

しかし、オープンでリベラルなアーキテクチャ精神は健在であり、世界中のほとんどのインターネットオペレーターは、その精神の下に相互協調しています。日本国憲法では、第二十一条第二項で「検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない」、そして電気通信事業法第四条で「電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は、侵してはならない」と定めています。勿論これらは、インターネットが出現する遥か前に制定されたものですが、インターネット精神とも大きく共鳴します。

最近米国では「ネット中立性」原則を撤廃する、という動きがありました。これは、インターネットただ乗り論争やトラフィックの急増などの背景もありここで簡単に議論できることではありませんが、個人的には、ネットワークインフラは中立かつオープンであって欲しいと思います。

4. デジタル時代のプラットフォーム

インフラにより接続性が提供されますが、ディジタル時代のネットワーク システムは、接続性だけでは不十分です。映像や音楽などのコンテンツを共有・配信するためのプラットフォーム、SNS などのコミュニケーション プラットフォーム、Smart xxx Connected xxx などの IoT や、様々なシェアリングのためのプラットフォームが必要です。

現在そのようなプラットフォームのほとんどが、Hyper Giants を始めとする OTT プレイヤーによって提供されていますが、これを通信事業者が提供すれば、信頼性の高いプラットフォームを提供できるだけでなく、アンダーレイインフラと連携しリソースの有効活用や性能/SLA 最適化、加入者 ID 管理とポリシーのマッピングなどが行えます。ぜひ通信事業者には、インフラの提供だけでなく、ディジタル時代のプラットフォーマーになって欲しいと思います。

ユーザ フレンドリーな操作を提供しながら著作権を保護する仕組みを提供するのも、不正や犯罪につながるコンテンツを防ぐのも、プラットフォーマーの役割です。今回の海賊版サイトに対する対策も、プラットフォーマーが行うのが良いと思います。

5. 新たな時代の文化・芸術のあり方

今回の件で感じた最大の違和感は、一連の騒動が、何だかとてつもなく時代錯誤的なのではないか、ということです。

漫画という文化・芸術は、日本が誇る大きな財産です。一方、音楽が、膨大の量の作品を携帯でき、かつハイレゾ音源なども愉しめるようになって来たように、漫画も、ディジタル時代だからこその愉しみ方もあるかもしれません。今回「クリエーターを守るため」という大義名分が声高に叫ばれましたが、クリエーターによっては、もっと広く自由に、自分の作品を見て貰いたいと思っている方もいらっしゃいます。穿った見方かもしれませんが、守りたかったのは、クリエーターというよりは出版社などの既存構造なのではないでしょうか。今回の一連の騒ぎは、既得権益者が政府に訴え、それで政府が動いた、ということだったのか、と思えてしまいます。

法学者のローレンス・レッシグは、法以外に人の行動を制約する要素として、規範(Norm)、市場(Market)、アーキテクチャ(Architecture)を挙げました[4]。日本の大切な漫画文化を守り、発展させるための規範、市場、そしてプラットフォームのアーキテクチャを、考えて行きたいと思います。

 

[1] インターネット上の海賊版サイトに対する緊急対策(案)
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/180413/siryou1.pdf

[2] インターネット上の海賊版サイトに対するブロッキングの実施について
http://www.ntt.co.jp/news2018/1804/180423a.html

[3] インターネットの普及状況 (総務省)
http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h29/html/nc262120.html

[4] “Code: And Other Laws of Cyberspace, Version 2.0”, Lawrence Lessig

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