本エントリーは、ネットワーク アーキテクチャ考 (34) SDN とは何であったか – 「イノヴェーションの本質」に迫る(1/2)の後編です。前編もぜひご覧ください。
前編では、「SDN本」を読ませて戴いたとをきっかけに、ネットワーク業界において一大ブームを引き起こしたSDNという現象を振り返り、SDNの本質的技術要素として
- 分解と統合の境界見直し
- 宣言的制御
を抽出しました。
そしてこの後編では、SDNブームを振り返ることによって「イノヴェーション」の本質に迫ります。
SDNブームは、2010年頃から2020年頃にかけてネットワーク業界に起こった動きですが、この動きは、多くの技術的ブームやイノヴェーションに共通する要素があると考えられます。そこで、SDNブームを振り返ることにより、「イノヴェーション」の形態を考察したいと思います。
コミュニティ外からの disruption
SDNブームの発端は、その当時のネットワークシステムの設計や運用に実際には携わっていない研究者グループからのOpenFlowという技術提案でした。この提案は、そのコミュニティにおけるステークホルダーの声に耳を傾け、改良や最適化を行うだけでは、起こらなかったと考えられます。このことは、「成功した組織が、その成功が故に、技術や市場が変化したときに衰退する。」「(当初の)完成度は低いかもしれないが、破壊的技術(Disruptive Technology)を持った新興勢力がマーケットを攫(さら)っていく。」というChristensenのInnovators’ Dilemma [12]の構図を想起させます。
SDNの場合は、disruptされる側が、無視したり否定したりするのではなく、共に模索し、その技術を採用、拡張、発展させていることが、業界の活性化につながっているのではないかと思います。
相補的概念の揺り戻し
アーキテクチャは、相補的概念、対立的概念を行きつ戻りつ、変遷して行きます。例えば、集中・分散、ソフトウェア中心・ハードウェア中心、分解・統合、トップダウン・ボトムアップ、水平的・垂直的、専用・汎用、など。そのため、アーキテクトは常に、相補的アーキテクチャ概念に注意を向ける必要があります。
SDNの場合は、ブーム初期において、それまでの自律分散システムから集中制御へと、大きく揺り戻しが起こりました。しかし、システム同士が相互接続するネットワークシステムにおいては、自律分散性による頑健性やスケーラビリティを軽視することはできません。そこで、自律分散の良さは残しながら、可視化や自動化などのために必要な集中システムを取り入れる「Hybrid SDN」などという用語を使ったりしました [13]。 Segment Routingは、コントロールプレーンを徹底的にシンプル化し、その分、可視化や自動化プラットフォームにシンプルかつ宣言的APIを提供することができます。
ドメイン境界の見直し
前編で述べた通り、SDNによりネットワークシステムの分解と再統合が行われ、その際に境界の見直しも起こりました。
通常の技術進化は、専ら、既に存在するドメイン(領域)の中で行われます。ネットワークシステムの場合は、光伝送・ルーティング・アクセス・バックボーンなどのトランスポート領域、基地局やパケットコアから成るモビリティ領域、データセンター領域、などのドメインが存在し、各ドメイン毎に技術コミュニティや標準化団体が存在するため、ドメイン境界を見直すような議論が行われることは稀です。しかし、このようなSDNブームをきっかけに、境界の見直しも含めたアーキテクチャ見直しが起こったことは、特筆すべきことと考えます。それまでのドメイン境界自体を見直さなければ、抜本的なアーキテクチャ変革は不可能であるためです。
まとめ、そしてONIC2022
今回、「SDN本」を読ませて戴いたことをきっかけに、SDNという一大ブームを振り返り、前編で、当初の期待とは異なるけれどもこれからも残るであろう抽出された技術要素として「分解と統合の境界見直し」、「宣言的制御」を取り上げました。また、後編となる本稿では、「イノヴェーション」に共通する形態として、「コミュニティ外からのdisruption」、「相補的概念の揺り戻し」、「ドメイン境界の見直し」を考察しました。
今回のテーマはSDNでしたが、「仮想化」、「クラウドネイティブ」、「メタバース」、「Web3」などの、多くのバズワードとも言える技術ブームについても、同様である可能性があります。つまり、過度な期待や喧騒の時期を経て、当初の期待や想定とは必ずしも一致していない、本質的価値を持つ技術要素が抽出される。また、「コミュニティ外からのDisruption」、「相補的概念の揺り戻し」、「ドメイン境界の見直し」といった要素が、イノヴェーションの形態として共通する可能性がある、ということです。
このようなことを念頭に置いて、アーキテクチャ変遷を実践し、また愉しみたいと思います。改めまして、今回素晴らしい本を刊行して下さったことに、そして、立場はそれぞれ違えど、共に切磋琢磨する業界の仲間に感謝いたします。
なお、「SDN本」の原著者であるLarry Petersonが、2022年10月に行われるONIC (Open Networking Conference) 2022 [14] に登場することになりました。ONICは、元々SDN Japanを前身としているカンファレンスです。前編でも取り上げましたが、SDNの黎明期に活発に情報交換や発表を行っていたことを考えると、これもまた胸熱案件であります。ぜひ秋の軽井沢にお越しください!
(References)
[12] C. Christensen, The Innovator’s Dilemma: When New Technologies Cause Great Firms to Fail, Harvard Business Review Press; 1st edition (May 1997)
[13] 「Segment Routing – 究極のHybrid SDN」、河野 美也、JANOG32(2013年7月)、 https://www.janog.gr.jp/meeting/janog32/doc/janog32-lt-segment-kohno-01.pdf
[14] ONIC 2022 https://onic.jp