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5G-シスコが考えるサービスプロバイダー E2E アーキテクチャ 第1章 5G 時代の無線アクセス(1)


2019年11月25日


第 1 章 5G 時代の無線アクセス

シスコが考えるサービスプロバイダー エンドツーエンドアーキテクチャ 第 1 章は、「5G 時代の無線アクセス」についてです。

5G とは正確には 3GPP において定義された 5G New Radio(NR)を用いた第 5 世代移動体通信システム(モバイルコア、基地局、端末から構成されます)のことを意味します。日本においては免許認可有りの周波数帯で運用されます。

しかしながら 5G という言葉はすでにそこだけに留まらず、移動通信システムを中心にアンライセンス帯無線通信システムや、Multi-access Edge Computing(MEC)、トランスポートを巻き込んだエコシステムを形成し始めています。

本章においてはその中でも無線アクセス技術に注目し、5G RAN を中心に 5G RAN とのインターワークが想定される無線アクセス技術(Wi-Fi、LoRaWAN)の特徴をご紹介し、最後にそれら無線アクセス技術の適用領域について考察します。

 

1.1 5G mobile

ここでは 5G 時代における最も代表的な無線アクセス技術である 5G モバイルに関して、無線伝送技術ではなく RAN(Radio Access Network)の構成やトランスポートに焦点をあててご紹介します。

1.1.1 Virtualized RAN

5G(第 5 世代移動通信システム)は 10 Gbpsの最高伝送速度、無線区間で 1 msec 程度の遅延、100 万台/km2 の端末収容数を特長としており[1]、これらを活かした新たなビジネスやサービスの実現が期待されています。しかし、5G を実現するための投資は莫大な金額となることが予想され、サービス プロバイダー(SP)の 5G に関する設備投資の効率化は喫緊の課題となっています。

その課題に対する対処の 1 つとして、5G ではアーキテクチャ全体が仮想化を想定した作りになっており、安価な汎用サーバの活用による投資効率化が期待できます。また、すべてのネットワークファンクション(NF)間のインターフェイス(IF)は 3GPP[2] において標準化されており、サービス プロバイダーは各ベンダーの製品ロードマップに縛られることなく最適なタイミングでさまざまなベンダーの最新かつ最適な機能を選択して、ソフトウェアという形で投資することが可能となっています。

図 1-1 RANのファンクション

図 1-1 RANのファンクション

この仮想化の取り組みは 4G の時代からコア ノードを中心に進められてきましたが、SP の CAPEX の 7〜8 割が基地局機器・工事に由来する背景の中、5G では同様の検討が Radio Access Network(RAN)の領域にも踏み込まれ、virtualized RAN(vRAN)と呼ばれています。

vRAN はその名のとおり仮想化技術によって RAN のファンクションを汎用サーバ上にソフトウェアで実装することが目的ですが、その過程としてベンダー ロックインを回避するため RAN のファンクション間の IF を標準化することが重要になります。

図1-1 に RAN のファンクション一覧とファンクションの分割方法 Option、ならびに要求条件を示します[2]。4G の Centralized-RAN[3] においては Option 8(RF と Low-PHY の間)でが分けられ、radio frequency(RF)は remote radio head(RRH、RF ファンクション 以外のファンクションは base band unit(BBU)という形で筐体を物理的に分けて実装されました。RRH と BBU の間の通信路はフロントホールと呼ばれ、Common Public Radio Interface(CPRI)[4] がデファクト スタンダードとなりました。

しかし CPRI は送信アンテナ数に比例して必要帯域が増加するという特性があり、4G と比較して送信アンテナ数が数倍に増加する 5G においては CPRI では対処が難しいという問題がありました。

そこで 5G では機能分割の仕方が再考され、3GPP において Option 2 での分割が規定されました。Option 2 で分割された際の RF 側のファンクション群を Distributed Unit(DU)、コア側のファンクション群を Centralized Unit(CU)と呼びます。しかし Option 2 ではキャリア アグリゲーション(CA)、Coordinated Multiple Point(CoMP)や enhanced Inter-cell Interference Coordination(eICIC)のような DU 同士の同期要件が厳しい無線方式の実装が難しいという課題もあり、それらの機能が比較的容易に実装可能で CPRI の課題であった必要帯域を削減することが可能な Option 7 の検討が進められました。

Option 7 で区切られたファンクション群は RF 側をRadio Unit(RU)、コア側を Distributed Unit(DU)と呼びます。Option 7 はさまざまな方式が提案されていますが[5][6]、世界のモバイル オペレータを中心に RAN のオープン化を議論している業界団体である Open RAN Alliance(ORAN)において Option 7-2x(ORAN split)が規定され[7]、世界の主要オペレータは今後 ORAN splitを採用していくことを宣言しています。

このように、RAN のファンクションのインターフェイスが標準化されるとマルチベンダでの運用が可能となります。これまでの RAN の世界ではベンダー独自の実装方法等がネックとなり、1つのベンダーに閉じることが多いのが通例でしたが、インターフェイスの標準化とORANにおけるベンダ独自の設定を排除した詳細プロファイルの規定により、仮想化とともにマルチベンダ構成が可能となり、RAN のオープン化が進展しています。

 

1.1.2 RAN の M-plane のオープン化

RAN はその性質上非常に細かく膨大な量のパラメータを持ちます。これらパラメータのチューニングがユーザ体感に大きな差を与えますが、チューニング作業は測定と調整の繰り返しでありオペレータは多大な作業量を強いられます。これを解決する手段として 3GPP においても Self Optimization Network(SON)の標準化が進められていますが、各ベンダーでは独自の element management systems (EMS)において SON が実装されていることが通例であったため、同一エリアにてマルチベンダの基地局を運用することが難しいという問題がありました。また、オペレータの運用作業者にとっても複数 EMS のユーザインターフェースや機能を学習する必要があり、Opex 削減に向けた課題となっていました。

ORAN ではフロントホールのオープン化に加えて M-Plane(管理プレーン)の標準化が検討されています[8]。フロントホールと同様にこれまでの基地局はベンダー独自の仕様で閉じられており、上記で述べたような課題がありました。

そのような現状を打破するべく ORAN では RAN の機能部を定義し、それを標準化されたモデル言語である YANG 言語で記述する機構とインターフェイスを標準化しました。YANG によるモデル化はルータのドメインにおいては近年実装がデファクトスタンダードとなり、それを活かしたベンダ共通 operation support system(OSS)やさまざまなソリューションによるプロビジョニング等のネットワーク自動化が急速に進められています。今後は RAN と SON を含めたエンドツーエンドのネットワーク自動化が推進されると期待されています。エンドツーエンドのネットワーク自動化については別章で取り上げます。

 

1.1.3 RAN 仮想化の現状

1.1.1 項において RAN の仮想化とインターフェイスの標準化の動きについて紹介しました。本項では RAN 仮想化の現状について述べます。

仮想化が進められている機能は DU と CU です。CU については仮想化の準備が整った状態であり、実際に製品が市場に出てきています。一方 DU については、PHY 部、特に Multiple Input Multiple Output(MIMO)の信号分離演算や Forward Error Correction(FEC)の復号演算の処理が大規模になってしまうため、現状の CPU 性能では仮想化が困難であることがわかっています。

そのため、DU を汎用サーバ上で動作させるために Field Programmable Gate Array(FPGA)を追加し、処理の一部を専用ハードウェア(FPGA)にオフロードさせる手法を用いることが多くなっています。 FPGA の追加により vDU についても専用の筐体は不要となりますが、他の Virtual Network Function (VNF;仮想化ネットワーク機能)とのハードウェア共通化やオートヒーリング等の仮想化ならではの運用が難しくなるなど、一定の制限が加わることになります。現時点では実際に仮想化されるのは CU のみである場合が多く見られます。

 

1.1.4 5G RAN を収容するトランスポート

1.1.1 項において、ORAN split とOption 2 という 2 つの代表的な RAN のファンクションスプリットをご紹介しました。本項ではそれぞれのスプリットの間に入る伝送路の要求条件を満たすトランスポートの観点から RAN の形態について考察します。

図1-2 に 5G で想定される代表的な RAN の形態について示します。ORAN splitはlower layer split (LLS)とも呼ばれます。ORAN split ではそのアーキテクチャ上の理由から RU-DU 間(フロントホール)の遅延を 250 μsec 以内に抑える必要があります。装置の実装にも依りますが、250 μsec の内、RU/CU/DU 内での処理遅延を考慮すると伝送遅延のマージンとされるのは100 μsec と一般的に考えられており、ファイバ内の光の速度を 2.0×108 m/s と仮定すると、RU-DU 間の距離は 20 km以内という制約が出ることを意味します。

Split 2 は higher layer split(HLS)とも呼ばれます。HLS における DU-CU 間のネットワークはミッドホールと呼ばれます。ミッドホールはフロントホールと比較して、必要帯域、遅延、双方の面から大幅に要求条件が緩和されます。遅延の面については 250 μsec から 10 msec へと緩和されます。こちらも伝送遅延のためのマージンは装置実装に依存しますが、仮に10 msec のほぼ全てを伝送遅延のマージンと考えると、約 2000 km まで DU-CU 間の配置を離すことができるため、ほぼ制限はないと考えることができます。HLS ではこの特徴を活かし、地理的により NW の上位の方に CU を集約することで仮想化のメリットを享受しようとする検討が増えています。

図 1-2 代表的なRANの形態

図 1-2 代表的なRANの形態

また、フロントホールは必要帯域がミッドホール及びバックホールと比べて格段に多く、ユーザ スループットを改善する際のボトルネックになりやすいため、特に高スループットを期待されている mmW の(ミリ波を利用する)基地局は RU と DU を 1 つの筐体に収めてサイト側に設置する Option 2  が選択されるケースが多くなると考えられています。一方で 1.1.1 項でも述べましたがセルエッジのスループット改善のために CoMP や eICIC 等 Advanced 機能を使用する場合は ORAN split の形が有効となります。

このような現状を踏まえると、ORAN split と Option 2 はどちらがよいという議論ではなく、各サイトの状況と各サービスプロバイダのエリア展開戦略に応じて使い分けつつ共存していくことになると考えられます。当然 2 つの方式が 1 つのサイトに重畳されるパターン(例えばマクロセルは ORAN split でスモールセルは Option 2)という形も増加すると考えられます。このような状況において効率的にネットワークを構築するためには、フロントホールとミッドホールという要求条件の異なる 2 つのネットワークを 1 つのトランスポートで構築することが重要となります。ORAN split、Option 2 共にパケットベースのインターフェースとなっているため、フロントホールとミッドホールはパケットベースのネットワークに重畳可能です。4G のフロントホールの規格である CPRI は time division multiplexing(TDM)をベースとした各ベンダー独自の仕様であり、パケット多重が不可能でした。そのため4GのフロントホールではWDMを用いてファイバを集約することが一般的でしたが、5G の世界では、スイッチやルータといったネットワーク機器を用いることで、より安価かつ柔軟なパケットベースのネットワークでフロントホールとミッドホールを重畳する検討が盛んになってきています。フロントホールのパケットネットワーク化により、(1) フロントホール回線の冗長性、(2) 複数基地局のフロントホール回線を物理的に 1 つに集約、(3) 他の通常 LAN 回線(ビル内 LAN 等)との NW 共用、の実現が可能となります。これも RAN のオープン化の効果ということができます。

 

1.1.5  Time sensitive network (TSN)

では、フロントホール、ミッドホール、通常 LAN 回線を 1 つのネットワークに重畳するにはどのようなトランスポート技術が必要になるかを考えてみたいと思います。

ネットワーク化のために装置を挿入すると、その装置における処理遅延が発生するため、先の段落で述べた ORAN split 時におけるフロントホールの距離制限 20 kmが、装置での処理遅延に応じてさらに短くなってしまうという問題が発生します。装置内遅延は主に、低優先なジャンボパケットが入ってきた際に伝送自体に時間がかかってしまい、その間に高優先な ORAN split パケットがキューイングされることで発生します。

一方でミッドホールの距離制限は 2000 km と長いため特に装置の処理遅延は問題になりません。そのためフロントホールとミッドホールを 1 つのパケットネットワークに重畳するには、いかに遅延要件の厳しい ORAN split のフロントホールのトラフィックを、遅延要件のゆるいOption 2のトラフィックや、その他のベストエフォートトラフィックよりも優先することができるか、が重要となります。Time sensitive network(TSN)はこの装置遅延の問題を緩和することができるイーサネット技術です[9]。TSN では、そのようなキューイング状況が発生した際に低優先のジャンボパケットの送出が終わるのを待つことなく中断し、高優先パケットを優先的に送出することができるようになります。TSN により、ORAN split においても NW 機器の処理遅延を抑制し、ジッタも低く抑えることが可能となります。フロントホールとミッドホールを重畳する際に TSN は必須の技術といえるでしょう。

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参考文献

[1] 総務省, “第5世代移動通信システム(5G)の今と将来展望,” [online] http://www.soumu.go.jp/main_content/000633132.pdf

[2] 3GPP TR 38.801: “Study on new radio access technology: Radio access architecture and interfaces”.

[3] 安部田 貞行,新 博行:“超高速ブロードバンドサービ スを実現する無線アクセスネットワーク,” 信学会総合 大会論文集,Mar. 2012.

[4] Common Public Radio Interface (CPRI); Interface Specification v7.0 [Online]. Available: http://www.cpri.info/

[5] Common Public Radio Interface: ECPRI Interface Specification v2.0. [Online]. Available: http://www.cpri.info/

[6] IEEE Standard for Radio over Ethernet Encapsulations and Mappings IEEE Std 1914.3TM-2018.

[7] O-RAN Alliance, “O-RAN Fronthaul Control, User and Synchronization Plane Specification Version 1.0”, Mar. 2019.

[8] ORAN-WG4., “O-RAN Alliance Working Group 4 Management Plane Specification Version 1.0”, Mar. 2019.

[9] IEEE Standard 802.1CM-2018, “Time-Sensitive Networking for Fronthaul”, June 2018.

 

用語集

MEC(Multi-access Edge Computing):ネットワーク内のエッジ(物理的に UE[User Equipment] 寄りの位置)に計算機リソースを用意して各種処理を行うシステム、概念のこと。
RAN:Radio Access Network
Wi-Fi:Wi-Fi allianceの相互接続試験に合格した機器の総称および無線通信システム
LoRaWAN:LoRa alliance によって策定された MAC プロトコル、およびそれをサポートする機器・システムの総称
3GPP(3rd Generation Partnership Project):3G(第 3 世代移動体通信システム)から発足したモバイル技術の標準化プロジェクト
C-RAN(Centralized RAN):無線基地局機能の内、無線機能の一部を張り出し、複数の無線機能部を 1 つの共通機能部を持つ RAN の形態の 1 つ
RRH(Remote Radio Head):4G の C-RAN 構成における張り出し無線機能部
BBU(Base-Band Unit):4G の C-RAN 構成における集中制御部兼パケット-無線信号変換(ベースバンド機能)部
CA(Carrier Aggregation):複数の周波数チャネルを組み合わせてスループットを向上させる無線方式
CoMP(Coodinated Multi-Point):複数サイトから同時に同一の信号を送受信することで通信品質を向上させる無線方式
eICIC(enhanced Inter-Cell Interference Coordination):隣接サイトで連携しサイト間の干渉を低減させる無線スケジューラ
D-RAN(Distributed RAN):RRH と BBU が同一ロケーションに設置される、もしくは同一筐体となっている RAN の形態
EMS(Element Management System):各装置の管理システム
YANG(Yet Another Next Generation):データモデル言語の一種。NETCONF 等のネットワーク管理プロトコルと一緒に運用される。
OSS(Operation Support System):サービスプロバイダのシステム管理・運用を支援するシステムの総称
PHY(Physical):OSI 参照モデルの第1層(物理層)。物理信号の処理機能部
MIMO(Multi-Input Multi-Output):複数アンテナを用いて送受信する無線通信方式
FEC(Forward Error Correction):誤り訂正符号
FPGA(Field Programable Gate Array):プログラムで再構成可能な集積回路
VNF(Virtual Network Function):仮想化されたネットワーク機能部
LLS(lower layer split):5G のファンクションスプリットにおける Option 7 の総称
HLS(Higher Layer Split):5G のファンクションスプリットにおける Option 2 の別称
mmW(milli meter Wave):30〜300GHz の周波数の電波を指すが、5G では 28GHz 帯を指して使われる。
TSN(Time Sensitive Network):標準のイーサネットを拡張し、遅延に敏感な通信と通常通信の融合を図った方式

 

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