この記事は、Senior Vice President of Engineering
Cisco Customer Experience であるBhaskar Jayakrishnan によるブログ「 From Tools to Intelligence: The Engineering Philosophy of Cisco IQ 」(2025/11/4)の抄訳です。
AI 需要の高まりを受け、歴史的に見てもかつてない規模でインフラストラクチャが構築されています。ある試算では、2025 年の AI インフラストラクチャ関連投資額は米国内総生産(GDP)の 2% を占めるとされています[1] 。鉄道網の拡大などの過去の大きな産業ブーム以降、これほどまでに設備投資が活発化したことはありません。
大きな投資ブームではあるものの、根本的な事実として、テクノロジーが急速に進化しても基盤となるインフラストラクチャのライフサイクルフェーズは変わりません。どのプロジェクトも、計画、設計、導入、運用、最適化の基本的なフェーズに沿って進行します。「導入」フェーズがグリーンフィールド(新規)であってもブラウンフィールド(既存からの移行)であっても、これらのフェーズはお客様がたどる一連のプロセスです。
シスコのカスタマーエクスペリエンスでは、インフラストラクチャのライフサイクル全体を通してお客様を支援しています。私たちは、初期の計画と設計から始まり、最適化の継続的なサイクルを経て安全な廃止に至るまで、すべてのステージでプロフェッショナルなサービスを提供しています。サポートサービスについては、導入、運用、最適化の各フェーズで、単なる不具合対応以上のサポートを提供しています。
かつては、これらのステージ間の引き渡しは非効率的でした。設計は、人間が最初に解釈し、その後コードに変換します。運用データは、手動で分析を行って最適化に活かしていました。このようなプロセスでは、スピード感がない上にミスが発生しやすく、各ステップで重要なコンテキストを拾うことができません。私たちシスコは、これよりも優れた方法があると考えています。
Cisco IQ の目的は、ライフサイクルのすべてのステージを結び付けるシームレスなデジタルスレッドを構築することです。生成 AI、ML、自動化、ナレッジベースを活用して、プロセス全体をさらに高速化し、信頼性を高めようとしています。Cisco IQ は、AI を活用した一元的インターフェイスであり、シスコのサポートサービスとプロフェッショナルサービスのすべてで共通の基盤となるよう設計されています。本日、早期フィールドトライアルの段階にある Cisco IQ を発表にあたり、そのエンジニアリング アーキテクチャと基本原則についてご紹介したいと思います。
根本的変化:ツールからインテリジェンスへ
長い間、サービスデリバリは断片化されており、サポートサービスとプロフェッショナルサービスでは特定の機能またはライフサイクルステージに最適化された異なるツールを使用していました。これが、お客様、パートナー、そしてシスコのチームが、高い価値を生む分析ではなくデータ収集やツールのメンテナンスに多くの時間を費やす断片化したエクスペリエンスの原因でした。
Cisco IQ は、これまでのようなツール中心のモデルからインテリジェンス中心のモデルへの移行を意味しています。これは、API ファーストのアーキテクチャを通じて、お客様、パートナー、シスコのサービスチームサービスを提供するマルチペルソナシステムです。私たちの狙いは、長年にわたって蓄積された組織全体の知識を、実用性と適応性に優れたシステムに変換し、インフラストラクチャをよりスマートにして、回復力と安全性を向上させることです。

アーキテクチャの中心的柱
このビジョンを実現するために、基礎となる 4 つの柱を中心に Cisco IQ を設計しました。
1.データファブリック:ライフサイクルのデジタルモデル
どのインテリジェントシステムであっても、基礎となるのはデータとコンテキストです。データファブリックにより、インフラストラクチャ ライフサイクルの包括的デジタルモデルが作成され、計画から運用までのデータを繋ぎ合わせることができます。データは、構造化、非構造化、静的、動的、バッチ、ストリーミング、MELT(メトリック、イベント、ログ、トレース)を問わず網羅的に扱えるよう設計されています。これは、必要なすべてのコンテキストへの容易で標準化されたアクセスを実現するための基盤です。
2.ドキュメント インテリジェンスとナレッジ管理
シスコの最大の資産は、数十年にわたって蓄積された知識です。Cisco IQ はその資産を有効活用できるよう設計されています。ドキュメント インテリジェンス、ナレッジグラフ、そして LLM ベースの推論を高度に組み合わせて、製品ドキュメント、設計ガイド、セキュリティポリシーといった非構造化コンテンツの大規模なライブラリを構造化し、検索可能なナレッジに変換します。検索拡張生成(RAG)を使用することで、シスコの検証済みデータに基づいた、説明可能な正確な回答が生成されます。
3.生成 AI と原則に基づいた自動化
エンタープライズの業務では、決定論的であることが求められます。同じ入力を与えれば、いつでも同じ結果が得られる必要があります。しかし、多くの革新を生み出す LLM は、基本的には確率論的に動作します。これをどのように折り合いを付けるのかがエンジニアリング上の主な課題です。私たちは、確率論的モデルから決定論的成果物を得るために、RAG からスキーマエンフォースメントやヒューマンインザループ(HIL)検証に至るまで、ガードレールのシステムを構築しました。この規律は、私たちの AI 生成による自動化の信頼性を保証するものであり、責任ある AI の原則を具現化したものでもあります。
4.現代の進化するインターフェイスを備えた API ファーストの設計
Cisco IQ は API ファーストで設計されています。プログラムによりアクセス可能であることは、今日の IT 運用の根幹です。すべての機能は、シスコの API 設計原則に従って調整された API で公開されるため、既存のツールチェーンやワークフローに密接に連携させることができます。API は基礎を提供する一方、人間が介入する場面では柔軟で直感的なエクスペリエンスが求められます。そこでこれらの API をベースに作成したのが、マルチモーダル UI です。タスクが異なればビューも異なるものが必要になるため、3 つの統合インターフェイスを用意しました。
- ダッシュボード:既知のメトリックと KPI の監視に使用します。業務において信頼の置ける基盤になります。
- 対話型 AI:形式にとらわれず、自然言語で質問できます。問題の調査に使用できるディスカバリツールです。
- 生成 UI:複雑な分析において、システムで最適な可視化(グラフ、マップ、タイムライン)を実現して、データを説明します。これはインサイトのエンジンとして機能します。
現代のインターフェイスに対する私たちのコミットメントは、これで終わりではありません。モダン コンテキスト プロトコル(MCP)とエージェント間(A2A)の各インターフェイスを使用して、より強固に、より自動化された統合を実現することを計画しています。急速に進化する AI エコシステムと同様に、私たちのインターフェイスも進化していきます。Cisco IQ はテクノロジーの進化に対応できるよう設計されており、開発者か運用者かに関係なく、または自動化システムが別のものであっても、常に業務に合ったツールを使用できます。
アーキテクチャからアプリケーションへ:Cisco IQ の具体的なサービス
これらのアーキテクチャの柱により、サポートサービスとプロフェッショナルサービス両方の業務に合わせて調整された、一連の強力な統合アプリケーションを実現できます。
シスコサポートの機能
1.アセットに関する予測型インサイト
購入契約、デバイステレメトリ、サポートケースのデータを単一の統合インベントリに調整することで、資産管理の恒久的な課題を解決します。ライフサイクルの各マイルストーンを追跡し、関連する Field Notice やセキュリティアドバイザリを発行して、プロアクティブなインフラストラクチャ管理を可能にします。

2.適応型インフラストラクチャ アセスメント
運用正常性からセキュリティ強化に至るまで、複数の領域で標準化されたアセスメントフレームワークを提供します。ベストプラクティスガイドの理解に AI を使用して、カスタマイズされたアセスメント計画を生成します。さらに、構成内容を分析し、構造化された結果を生成し、優先順位付けされた推奨事項を提示します。

3.AI を活用したトラブルシューティング
サポート関連のエクスペリエンスを再定義します。これには AI アシスタントを搭載した最新のケース管理インターフェイスを活用し、効率的な対話を実現しています。その裏では、シスコのエージェント型 AI の使用により、トラブルシューティングのプロセスが促進されています。熟練エンジニアと同じように、仮説主導と証拠主導の両方のメソッドを採用して根本原因を体系的に絞り込み、迅速な問題解決につなげます。また、エージェント型 AI システムは、確かな知識を持つ当社の人材に基づいてデジタル化した社内ナレッジを活用します。また、匿名化された根本原因分析の記録に基づいた過去の問題と解決の事例も取り入れて、AI によるトラブルシューティングに役立てます。
シスコ プロフェッショナル サービスの機能
プロフェッショナルサービスでは、技術的な専門知識をどのように一貫してすべての業務に適用させるかが課題でした。これを解決するために、私たちはデータ主導の自動化されたワークフローを導入し、人間主導のデリバリを補完します。Cisco IQ には、高品質でパーソナライズされた対応業務を大規模に実現するためのツールが用意されています。
1.デジタル化されたデリバリフレームワーク
計画、設計、導入、運用、最適化のプロセスをエンドツーエンドで自動化するために設計された一連の機能です。従来のワークフローを、完全に自動化された実行可能な AI 対応のプロセスに変換します。主要なコンポーネントは次のとおりです。
- デジタル要件収集:静的ドキュメントを使用する代わりに、一元管理システムがお客様のソリューション要件をキャプチャおよび統合します。これにより、要件のトレースが可能となるほか、デリバリ全体で一貫性と再利用性を確保できます。
- ドキュメントの共有:プロジェクト関連のドキュメント、設計、計画を共有するためのセキュアで一元管理された空間です。すべての関係者が、バージョン管理と承認状況を明確に把握しながら、同じコンテキストで作業できます。
- ドキュメントの自動化:標準化されたデータモデル、再利用可能なテンプレート、AI 支援のコンテンツ生成を組み合わせることで、エンジニアがお客様向けの高度な成果物を作成するのを強力に支援します。これにより、基準に沿った一貫性のあるドキュメントを短時間で作成できます。
2.テクノロジー移行フレームワーク
このフレームワークでは、シスコのナレッジベースに基づいた AI 主導のインサイトを使用して、複雑な移行に活用できるオーケストレーション テンプレートを生成します。エキスパートの管理のもとでテクノロジーの移行作業を自動化するため、手動による作業や関連リスクを最小化できます。お客様のバックエンドシステムに柔軟に統合可能であり、異なるテクノロジー環境においても一貫性のある成果を得ることができます。
3.自動化ガバナンスフレームワーク
複雑な業務で必要になることの多いカスタムコードを管理するために、標準化されたセキュアなライフサイクル環境とスクリプト実行機能を提供します。これにより、スクリプトの管理、バージョン付け、実行を安全に行い、インテリジェントレポートを使用して具体的なビジネス成果を達成できます。
4.テストと検証フレームワーク
変更管理ライフサイクル全体でテストを自動化し、新しい設計、ネットワーク変更、Method of Procedure(MOP)、移行計画を検証します。
- オプションでお客様の CI/CD ツールとの統合が可能です。また、AI の活用により、テスト環境の設計、テストケースの作成、結果の分析が加速化されます。
- 最も重要なこととして、このフレームワークはインテリジェント主導であり、データファブリックを利用して他のライフサイクルステージのコンテキストを共有します。そうすることで、固有のビジネスニーズや実際の運用状況に合わせてテストをカスタマイズして作成できるようになります。
エンタープライズグレードの設計
紹介したコンポーネントを機能させるには、企業に固有のセキュリティと運用に関する厳格な要件を満たす必要があります。
1.導入の柔軟性
実際の運用状況への適合。Cisco IQ はお客様の現状に合わせて利用できるよう設計されています。導入については、3 つの異なるオプションを用意しています。
- SaaS:使いやすさと迅速な展開を優先する場合は、シスコのクラウドホスト型サービスが最適です。オンプレミスの「クラウド支援」コンポーネントは、お客様のシステムとシスのコクラウド環境間のセキュアなブリッジとして機能します。
- オンプレミステザリング:データの保存場所に関して厳格な要件を設けている組織の場合、このオプションを選択すると、オンプレミスのデータストレージのセキュリティと、自動更新および新機能をクラウドから受けられる利便性を組み合わせることができます。
- オンプレミスエアギャップ:規制が厳しいセクターの企業など、最も厳格なコンプライアンスとデータ主権指令に準拠する組織に適しています。この導入方法は外部との接続がなく、更新はすべて手作業で適用します。
2.セキュリティ最優先
セキュリティに対する私たちの取り組みは、どのレイヤにも組み込まれています。オンプレミス展開の場合、仮想マシンは FIPS 認定を受けており、セキュリティ運用関連の承認が簡素化されます。シスコのクラウドコンポーネントは、セキュリティの厳格なベストプラクティスに従って設計されています。すべてのモデルで、お客様の明示的な同意なしにデータがネットワーク外に出ることはありません。
3.お客様による管理
すべての操作とデータ管理の主導権はお客様にあります。
今後について
Cisco IQ は現在、一部の顧客グループで早期フィールドトライアルを実施しています。今後 6 か月間でトライアルを拡張し、実際のユースケースに基づいたフィードバックをいただいて、開発を進めていきます。
2026 年第 2 四半期に予定されている一般提供に向けて、Cisco IQ はシスコのサポート機能の基盤としてさらに強化されていきます。お客様の期待値を超える、新しい水準の価値と機能を提供できるよう取り組んでいきます。また、グラフィカル ユーザー インターフェイス、今後公開予定の API、およびシスコパートナーサポートの再販機会を通じて柔軟なアクセスを提供することで、パートナーへの支援強化にも取り組んでいます。
Cisco IQ は、皆様が実際に直面されている課題を念頭に置いて開発しています。詳細なロードマップの確認、または今後のトライアルへの参加希望については、シスコのアカウントチームまでお問い合わせください。
詳細はこちら:
[1] 情報源:ビジネスアナリスト Paul Kedrosky 氏:https://paulkedrosky.com/honey-ai-capex-ate-the-economy/
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