次世代ネットワークの運用形態を考える上で、やわらかいインフラ for SP で述べられている「次世代コントローラ」が果たす役割を理解することが重要になります。本ブログでは、次世代コントローラを中心に関連トピックを紹介し、未来のネットワーク運用の姿を描きながら、サービスプロバイダーにとっての可能性を探ります。
5G から AI 技術へ
近年、通信業界に大きな革新をもたらした 5G に加え、生成 AI(Generative AI)が登場したことにより、多くの産業で新しいビジネスモデルが生まれつつあります。サービスプロバイダーにとって、今後の競争を勝ち抜く鍵は、安全で柔軟な接続を提供し、AI サービスが必要とするネットワークインフラを実現することにあります。
また、ネットワーク運用への AI 活用は、自律的なネットワーク管理への転換を可能にするものであり、新たなネットワークアーキテクチャを支える重要な要素となります。
近年のサービスプロバイダーのネットワークには、複雑化するサービス要求や多様なトラフィックに柔軟かつ迅速に対応する能力が求められています。顧客のニーズは単なるパケット転送の役割を超えたところにあります。とりわけサービスプロバイダーにとっては、以下の課題への対応が不可欠です。
- 広帯域化のニーズ:急増するデータ量を効率的に処理するための能力
- エンドツーエンドのサービス保証:顧客体験を確実に維持するためのスムーズな連携
従来のネットワーク管理手法では、これらの課題に対応しきれない場面が増えてきています。このため、複数のドメインを統合的に制御し、効率的な運用を実現できる次世代コントローラの導入が不可欠なのです。
次世代コントローラ
次世代コントローラの設計において、クラウドオペレーターから学ぶべき重要な原則があります。それは「シンプルさ」「使いやすさ」、そして「オンデマンド性」です。クラウド業界では、モジュール化されたサービスと抽象化されたインターフェイスを基盤に、柔軟で拡張性のあるサービスモデルを構築してきました。
一方で、サービスプロバイダー業界では、トランスポートドメインにおけるサービス提供の抽象化が依然、課題として残っています。Cisco は、この課題を解決するためにトランスポートスライスを活用し、サービス抽象化層を定義しています。この取り組みにより、シンプルでありながら強力なネットワーク自動化が可能となります。
第3回のブログにて紹介したアーキテクチャコンセプトを採用することで、マルチベンダー機器で構成されるサービスプロバイダーのインフラに対して、新しい「as-a-Service」型のビジネスモデルを実現し、ネットワークを収益化する機会が提供されます。しかし、このビジョンを現実のものとするためには、次の要素が必要です。
- 適切に抽象化されたトランスポートサービス
- 宣言的なサービスレイヤー API を通じたインテントベースのモジュール化
これらのサービス API は、インテリジェントなトランスポートスライス オーケストレーションを担う「コントローラ」によって提供されなければなりません。このコントローラは、宣言的かつ「結果」に基づいた方法で機能し、付加価値のあるトランスポートサービスを支える中核的な役割を果たすことになります。
では、次世代コントローラを構成するアーキテクチャについて見ていきましょう。
5G ネットワークスライシング技術
3GPP(第3世代パートナーシッププロジェクト)は、5G ネットワークスライスを「ネットワークスライス インスタンス(NSI)」として定義しています。この NSI は、エンドツーエンドのオーケストレーターである「ネットワークスライス マネジメントファンクション(NSMF)」によって管理されます。NSI は、事前に作成された「ネットワークスライス テンプレート(NST)」に基づいてプロビジョニングされ、特定のサービス要件を満たすよう設計されています。
さらに、NSMF は各サブドメイン内のコントローラ(「ネットワークスライス サブネットマネジメントファンクション(NSSMF)」)と連携します。NSSMF は、ドメイン固有のスライスインスタンス(「ネットワークスライス サブネットインスタンス(NSSI)」)を生成し、ドメイン固有のテンプレート(「ネットワークスライス サブネットテンプレート(NSST)」)を使用してスライスを実装します。
一方で IETF では、トランスポートスライスを他の非トランスポートスライス ドメインと区別するために、5G ネットワークスライスを「IETF ネットワークスライス」として定義しています。以下の図はトランスポートドメイン ソリューションの実装の1つである Cisco Crosswork Network Controller との関連性を図示しています。
トランスポートスライシング
トランスポートスライスは、単一の物理ネットワークを複数の仮想ネットワーク(スライス)に分割し、各スライスが異なるサービス要件を満たす仕組みです。これにより、柔軟なネットワーク運用が可能となります。
トランスポートスライスの特徴
- スライスのカタログ化
スライステンプレートをカタログ化し、ユーザが選択可能なスライスインスタンスを生成します。 - インテントベースのプロビジョニング
ユーザは「意図」を指定するだけで、詳細な設定を意識せずにサービスをリクエストできます。
トランスポートスライスを実現するには、トランスポートスライス コントローラが重要な役割を果たします。このコントローラは、抽象化された「インテント」を具体的なデバイス設定に変換し、その結果に基づいたスライスサービスを提供します。
例えば、Cisco Crosswork Network Controller は、IETF の Slicing Service YANG モデル(現在Internet-Draft として標準化過程にあるもの)を基に、トランスポートスライス カタログとそのインスタンス作成を実装しています。このソリューションでは、以下の4つのカテゴリを組み合わせることで効率的なトランスポートスライスを実現しています。
- QoS(品質保証): サービス品質を確保する仕組み
- Path Forwarding(経路制御): 最適なトラフィック経路の選択と管理
- Service Assurance(サービスアシュアランス): サービスの健全性とパフォーマンスの監視
- Connectivity(接続性): 必要なエンドポイント間の接続確保
スライスのリクエスター(ユーザ)は、このカタログから目的に合ったスライスを選択し、VPN の接続情報を指定するだけで、複雑なデバイス設定やネットワークの詳細を意識せずにサービスを利用できます。また、上位のアプリケーションはシンプルな実装により API を通じて同様にリクエストを行うだけで済みます。
サービスアシュアランス
サービスアシュアランスは、インテントベースネットワークにおいて、サービスが「期待される結果」や「意図」通りに動作していることを保証するための重要な要素です。
サービスアシュアランスの役割
- サービスの健全性の保証
提供されるサービスがユーザの意図と一致しているかをリアルタイムでモニタリングします。 - 問題の予測と防止
AI や機械学習を活用し、問題を発生前に予測・防止します。 - 迅速な問題解決
問題発生時に根本原因を迅速に特定し、自動的に修正します。
RFC 9417 では、サービスアシュアランスを「インテントに基づくネットワークアーキテクチャの中核」として位置づけています。このアプローチは、インテントのモデル化、リアルタイムモニタリング、クローズドループ制御、相互運用性を定義し、ネットワーク運用を効率化するとともにサービス品質を向上させます。
さらに、サービスアシュアランスは、サービスプロビジョニングとモニタリングを密接に関連付け、現在のネットワークスライス インスタンスと運用監視が分断されている課題を解決する重要な役割を担います。
RFC9417 で提示されているインテントベース ネットワーキング アーキテクチャは、ネットワーク運用を「反応型」から「予測・自律型」へと進化させる大きな可能性を秘めています。サービスセントリックアプローチ、サービスヘルスのモニタリング、トラブルシューティングのコード化といった要素を統合することで、ネットワーク運用の効率化とサービス品質の向上を実現します。
自律ネットワークと AI
自律ネットワーク(Autonomous Networks)は、TM フォーラムや ETSI(European Telecommunications Standards Institute)などによって主導されている業界主導のイニシアティブです。このコンセプトは、ネットワークの自己管理能力を高め、運用効率と柔軟性を向上させることを目的としています。この実現には、AI や機械学習(ML)の活用が欠かせません。
AI の役割
- マニュアル作業の自動化
設定変更やトラブルシューティングといった定型的な作業を AI が代替し、人手による負担を大幅に軽減します。 - 未知の障害への対応
発生頻度は低いものの、重大な影響を及ぼす可能性がある障害(ロングテール)を予測し、防止することが期待されています。これにより、ネットワークの信頼性が向上します。 - 目標主導型の自律性
AI はネットワークの目標を理解し、それに基づいて自律的に行動します。この「目標主導型」のアプローチは、運用効率を高めるだけでなく、ネットワークが自己改善を繰り返す仕組みを提供します。
さらに、ネットワークやサービスをモデル化することは、AI が作業しやすいようなデジタルの世界にマッチした形につながります。 モデル化されたデータは、AI がパターンを認識し、異常を検出し、将来の状態を予測する能力を高めます。これにより、AI はより迅速かつ正確に意思決定を行い、ネットワーク運用を効率化することができます。
特に、AI エージェントはこの役割を担う重要な要素です。AI エージェントは、ネットワークの目標を達成するために意思決定を行い、運用プロセスを最適化します。さらに、制約条件やリアルタイムの状況を考慮しながら、必要なアクションを自律的に実行できるため、高度な柔軟性と適応力を発揮します。
AI 技術を活用してネットワークの問題を迅速に検出し、深い洞察を得るためには、システム全体を観察し分析できる包括的なモニタリング体制が不可欠です。このモニタリングにより得られるデータがなければ、最適な成果を達成することは困難でしょう。
特に、サービスプロバイダーのインフラは組織ごとにユニークな特性を持っており、それに応じた自律ネットワークアーキテクチャの構築は、大きなチャレンジであると同時に、この分野のエンジニアにとって強い関心と探求心をかき立てられるタイミングでもあります。この課題をクリアすることで、ネットワーク運用のさらなる進化が期待されます。
Cisco は、TM フォーラムに加盟しており、最新のホワイトペーパーでは自律ネットワークと AI の技術トレンドについても紹介しています。特に、生成 AI の時代から AI エージェントの時代へと移行している現在、この領域の技術はますます重要性を増しています。ネットワーク運用の未来を見据える上で、AI と自律ネットワークの進化に注目し続ける必要があると考えられます。
最後に
インテントベースの制御、トランスポートスライシング、自律ネットワーク、そして AI 技術を組み合わせることで、未来のネットワークの形が明確になりつつあります。これらの技術は、運用の再最適化、サービス品質向上、柔軟で持続可能なネットワーク管理を実現します。
現在のこの状況を大きな転換点として捉え、サービスプロバイダーが次世代のネットワーク運用を受け入れることが、未来の成功への鍵となるでしょう。
私自身、エンジニアの一人として、AI とネットワーク自動化技術を組み合わせ、サービスプロバイダーが高度な自律ネットワークを構築し、運用の変革を実現する支援をしていきたいと強く感じています。
次回はサービスプロバイダーのインフラに対して要求されるセキュリティについて概説していきます。
参考資料:
[1] A YANG Data Model for the RFC 9543 Network Slice Service
https://datatracker.ietf.org/doc/draft-ietf-teas-ietf-network-slice-nbi-yang/
[2] RFC 9417 – Service Assurance for Intent-Based Networking Architecture
https://datatracker.ietf.org/doc/rfc9417/
[3] Autonomous Networks for Service Providers White Paper
https://www.cisco.com/c/en/us/solutions/collateral/networking/auton-ntwk-sp-wp.html
やわらかいインフラ ホワイトペーパー SP 版
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