第 8 章 5G のサービスユースケース(1)
これまでの章では、5G におけるアクセス、トランスポート、コア ネットワークおよび仮想化基盤ならびに DC ファブリックのアーキテクチャについて見てきました。同時にエンドツーエンドのサービス基盤構築手法と自動化、5G のエンタープライズにおける可能性とそれを実現するスライシングについて見てきました。それらを踏まえて、本章では 5G における具体的なサービスのユース ケースについて紹介します。
8.1 具体的な 5G のユース ケース
日本においても 2020 年の商用サービス開始に向けて、モバイル事業者に対する周波数割り当てがすでに決まっており、モバイル事業者は 5G トライアル環境の提供を行い、パートナー(企業、団体)の参加を広く呼びかけています[1]。5G のトライアルにおけるユース ケースとしては、地方の人口減少や過疎化などの課題を考慮した、5G による遠隔重機操作や遠隔医療といった地域創生に関わるものが挙げられます。また、政府が推進するコンパクトシティや 、Society 5.0 で掲げた第 4 次産業革命の次に来るべき超スマート社会実現に向けて、5G を活用したセンシングによる安心・安全な街づくりや、自動運転、スマート ファクトリーといった次世代の先端技術に関連するソリューションが注目されています[2]。
8.2 スマート シティ
現在、世界の多くの都市が人口増加、渋滞、治安悪化等の多くの課題を抱えています。一方、国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)での環境意識の高まりにより、環境負荷を抑制しつつ成長を目指す持続的な発展が求められています。シスコでは、京都府のほか、世界の多くの都市と包括提携を結び、都市のスマート化により持続的な発展を可能にする取り組みを支援しています[3]。具体的には、それらの都市でセンサーを収容するための WiFi/LoRaWAN/ZigBee/Cellular といったマルチアクセスの整備と、センサー デバイスから得られる情報を統合する IoT プラットフォームにより、センサーからの情報を一元的に管理し、エネルギーの効率的利用や安心・安全な街づくりといった具体的なソリューションを提案しています。
図 8-1 はスマート シティにおいて、都市を管理する自治体管理者がモバイル事業者と連携して、既存のアクセスと 5G を組み合わせ、都市に必要な各種 IoT サービスを実現する具体的な方法について示したものです。自治体としてのゴールは都市で得られるさまざまなセンサー情報を一元的にダッシュボードで管理運用し、分析することで、都市がよりスマートになることです。さらに、住民に有益なデータを開放し、都市生活の満足度向上や MaaS(Mobility as a Service)といった、次世代のスマート シティのコンセプトを実現していくことも視野に入れられています。
まず、都市においては通信事業者から、FTTH に代表される有線回線や WiFi 無線サービス、および 3G/4G といったモバイルサービスが提供されています。都市ではモバイル端末の密度が非常に高くなるため、モバイル事業者は不感地帯の解消に向け、WiFi AP と連携する Fixed Mobile Convergence を実現しているケースが多く見られます。
同時に WiFi AP を外国人観光客にも開放し、観光情報を発信する代わりに、その導線分析情報を自治体に提供するサービスも多く見られます。シスコは、モバイル端末と WiFi の自動的なローミング方法として OpenRoaming を提唱しています。この技術により、海外から訪日した 5G ユーザのスムーズなローミングを提供することが可能になります[4]。
一方、機器、IoT サービスはすでに 3G/4G で提供されています。しかし IoT 向けの低い通信速度で、低コストなサービスが揃っていない点や、通信デバイスの消費電力が大きく駆動時間が短い点が指摘されており、用途が限定的なのが現状です。その制約を解消する手段として、LPWA(Low Power Wide Area)、LoRaWAN や Sigfox が注目されています。
LPWA は通信速度が非常に遅い一方、基地局がカバーする通信エリアが比較的広く、通信モジュールの消費電力が非常に小さいため、センサー デバイスの充電を想定することなく低コストのサービス展開が可能です。しかし、データの通信速度があまりに遅い点やデバイスの収容密度が小さい点、通信の信頼性が比較的低くベスト エフォートな面がある点が課題です。
それでは、次に 5G を活用したスマート シティに期待されるユース ケースを見ていきます。図 8-1 にあるように、5G サービスを提供するモバイル事業者により仮想化基盤が構築され、コネクテッド モビリティに適した超低遅延サービスを想定した URLLC スライス、4K/8K のセキュリティ カメラ向けの eMBB スライス、IoT サービスを想定した mMTC スライスが構築されてスマート シティ向けのサービスを展開することを想定しています。これらのサービスは MEC を具備しており、パブリック クラウドと連携し、サービスの最適化が実施されることも想定しています。
8.2.1 コネクテッド モビリティ
都市で人口が集中した結果、車に代表されるモビリティ サービスは慢性的に渋滞が発生しており、経済的な損失は計り知れません。一方、バス等の都市の公共交通機関は人材不足によりサービス維持が難しく、自治体でもコネクテッド モビリティに対する関心が高まっています。また大規模災害時には、遠隔操作または自立稼動の無人航空機ドローンを活用した被災者支援の活動が期待されています。図 8-1 はコネクテッド モビリティの実現方法を示しています。モバイル事業者のコネクテッド モビリティ スライスでは MEC がエッジに設置されており、低遅延での処理が可能です。自治体はコネクテッド モビリティの開発が目的ではないため、自動運転ノウハウを持つベンダーとの提携が現実的であり、パブリック クラウドとの連携で速やかなサービス展開と柔軟な運用が可能になります。
8.2.2 eMBB: 4K/8K カメラと MEC の画像解析 AI が実現する安心・安全な社会
都市では、より快適で安心・安全な環境が求められます。その実現方法として、4K/8K 監視カメラを 5G で接続し、モバイル事業者の MEC により AI 画像解析を利用して異常な振る舞いを迅速に検知し、社会の安心・安全の維持に貢献することが期待されています。
光回線の普及した日本では、すでに FTTH と 4K カメラで MEC を活用した AI 画像分析の試みが行われていますが、より俯瞰できる場所にカメラを設置する場合、5G の利便性は欠かせません。また、最新の画像圧縮技術である H.265 により、高解像度映像をより低い速度で転送することが可能になりつつありますが、AI 画像分析の精度を上げる、より高密度の送信フレーム レートにおいては 4G では帯域が足りず、5G が必要になります。
図 8-1 で示すように、MEC ではパブリック クラウドのコンテナ環境で事前に構築された AI 学習データとアプリケーションがそのまま、モバイル事業者の環境でクラウド ネイティブでアプリケーションを展開できることは、サービス プロバイダーにとっては管理コストの削減、自治体管理者にとってはセキュリティ コストの削減および治安維持の効果が見込めます。
また、自治体管理者にとっては、カメラの映像のプライバシーをどのようにセキュアにするかという問題も重要です。仮に 5G で大容量のストリームをクラウドまで送信できたとしても、パブリック スペースにプライバシー情報が含まれる映像をアーカイブすることは課題でした。その点、モバイル事業者の MEC の環境ではパブリック クラウドにデータをアップロードする必要がないため、コンプライアンス的にも問題ありません。
8.2.3 mTMC(5G NB-IoT)が実現するスマート メーターや見守り等の IoT サービス
5G では、すでに規定され商用化されている NB-IoT(Narrow Band-IoT; 3GPP Release13で規定)を継続して利用(Release16 で拡張)し、高密度で IoT デバイス接続が実現可能と言われています。NB-IoT は上り下りの転送速度が 100kbps 程度ですが、他の LPWA より十分大容量であるため、スマート メーターの情報も伝送可能です。加えて、他の LPWA と同様に省電力技術を導入し、単 4 電池 2 本で 10 年以上動作することが想定されています。通信モジュールのコストは他のデバイスより多少高いと考えられますが、用途によっては他の LPWA に十分対抗可能であり、IoT 通信に適した規格と言えます(注:日本国内において割り当てられている周波数帯は 3.7GHz、4.5GHz および 28GHz であり、将来 IoT 接続に最適なサブ GHz 帯の導入が求められます)。
図 8-1 にあるように、5G NB-IoT のユース ケースとしては、水道、ガス、電気の各種スマート メーターの管理が挙げられます。スマート メーターは膨大な数が設置されており、上り下りの通信速度、広いカバー エリア、低コストで効率的に収容する手法として期待されています。これらの膨大なスマート メーターを収容する際には、アプリケーションの負荷集中とトランスポートへのトラフィック負荷を抑制するために、MEC で処理分散するのが望ましいでしょう。一部メーターは震災対策用として、下り通信によるメーター制御が考慮されているもの、処理速度は求められないため、MEC はアグリゲーションもしくはコアでも十分と思われます。
8.2.4 過疎地域でのユースケース
ここまで都市部を想定した 5G のユース ケースを見てきましたが、過疎地域での 5G のユース ケースもあります。シスコは英国において「Rural First」という過疎地域での 5G トライアル サービスを提供する取り組みのメイン スポンサーとして、5G Core と仮想化基盤でサービス スライシングを提供しています。また、パートナーとともに過疎地域での無線アクセス手法の確立、農業や牧畜 IoT センサーの活用に関するユース ケースを支援しています [5]。
8.3 まとめ
今回は、5G の具体的なサービスユースケースとして、スマートシティを中心にご紹介しました。次回は、企業のデジタルトランスフォーメーションへの貢献という観点でのサービスユースケースをご紹介します。
参考文献
https://www.nttdocomo.co.jp/info/news_release/2018/07/05_00.html
http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/singi/chiiki_honbu/daijin_maill_03_00001.html
https://gblogs.cisco.com/jp/2016/10/cisco-dispatched-06-challenge-to-smart-city/
[4] OpenRoaming: Automatic and Seamless Roaming Across Wi-Fi 6 and 5G
https://blogs.cisco.com/wireless/openroaming-seamless-across-wi-fi-6-and-5g?oid=psten016624
[5] Rural First -Connecting the UK beyond the city
https://www.cisco.com/c/m/en_uk/innovation/projects/5g-rural-first.html
用語集
CP: Control Plance
UP: User Plane
MEC: Multi-access Edge Computing
IoT: Internet of Things