第2章 5G におけるトランスポートテクノロジー
本章では 、5G におけるトランスポート ネットワークについて考えます。
5G のネットワークでは 、Edge computing への対応や遅延に敏感なトラフィックへ対応するためにエンドツーエンドでの IP による接続性が必要だと言われています。これは、 Any-to-Any での接続を考慮した際に柔軟なサービス提供を行うための経路制御に必須のものであり、ネットワークを構成する要素を減らし、フラットな IP ネットワークで構築することによってネットワークがシンプルに構成でき、オペレーションの簡素化、さらには迅速なサービス展開につながります。
また、エンドツーエンド IP での構成により、アクセス ネットワークの統合による効率化を進めることができます。従来はさまざまなサービス タイプに応じて個別のアクセス ネットワークを持つことが必要とされてきましたが、IP で統合することによって物理的にも一本の Fiber 上に重畳できるようになります。これをシスコでは、 IP over Ethernet over Fiber と呼んでいます。
しかし、5G の要件も含めさまざまな要件が重畳されるネットワークでは ネットワークをスライシングする技術が必要になるケースがあります。シスコでは従来、 IP ネットワークの簡素化に対してセグメント ルーティングと呼ばれる技術を提唱してきました。セグメント ルーティングは、ネットワーク スライシングとも親和性の高い技術です。次項ではこのセグメント ルーティングについて解説します。
2.1 セグメント・ルーティング
現在の IP ネットワークには、多くの構成技術/プロトコルが存在しており、複雑化の一途をたどっています。セグメント ルーティング は、このようなネットワークの複雑性の解決、これまでと同様の SLA 要件の提供、次世代のトランスポート基盤となりうる柔軟性の実現といった特徴を兼ね備えた IP ネットワークの基盤技術です。この技術は多くのネットワーク ベンダーとキャリアの参画により Internet Engineering Task Force(IETF)で標準化が進められ、ベースとなるアーキテクチャは RFC8402 [1]として公開されています。
セグメント ルーティングでは、ネットワークの転送情報やサービス情報をセグメントと呼ばれる単位で表現し、シンプルかつ柔軟なルーティング制御を実現します。この概念をもとにさまざまな付加機能を提供できるため、キャリア網に代表される高可用性(高SLA)が求められる大規模 VPN ネットワーク基盤としての適用が可能です。セグメント ルーティングでは、IGP(OSPF/IS-IS)のみで、これまでの LDP、RSVP-TE といったプロコトルやそのステート情報を排除したステートレスなネットワークを実現できます。またセグメント ルーティングにより実現される Topology Independent Loop Free Alternative(TI-LFA)[2]では、IGP のみで障害時の迂回路を自動計算して高可用性ネットワークが構築可能となり、運用負荷を大幅に低減できます。
Software Defined Network(SDN)との高い親和性も大きな特徴です。送信元ノードがパスを選択し宛先までの経路を規定できるソース ルーティング アーキテクチャを用い、PCEP といったプロトコルへの対応により、オーケストレータからのパス制御やサービス追加も容易になります。
迅速なサービス提供、ネットワークの運用コスト低減などの観点から、これらのプログラマビリティ特性は次世代のネットワークには必須の要件と考えられています。
2.2 Label & IPv6 データ プレーン
セグメント ルーティング(SR)は、データプレーン非依存の技術です。現在 2 つのデータ プレーンに対応し、最初に実装が進んできたのは、多くのキャリア網で展開されている MPLS ベースの SR-MPLS [3]です。さらに、 Label 環境以外への適用が可能となる、現在まさに実装が進んでいるのが 、 IPv6 ベースの Segment Routing IPv6(SRv6)[4]です。これは多くの既存ネットワーク インフラを有効活用しつつ同じネットワーク上にセグメント ルーティングが展開できることを意味します。セグメント ルーティング未対応機器との後方互換性を持つため、セグメント ルーティング ベースの次世代ネットワークにシームレスに移行できます。
セグメント ルーティングは、ソース ルーティングのため、送信元のルータがパケットの転送経路情報、パケットへ適用するサービス情報を付与します。この情報はセグメント ID(SID)と呼ばれ、SR-MPLS の場合は 20 ビットの Label として、SRv6 の場合は 128 ビットの IPv6 アドレスとして定義されています[5]。
SR-MPLS では、1 Label に 1 つの情報を持ちます。転送情報とサービス情報を付与する場合、複数の Label をスタックすることでこれが表現されます。一方で 、SRv6 では、1 つの 128 ビット SRv6 SID に宛先ノード情報を示す「Locator」、サービス情報を示す「Function」、オプション情報を示す「Argument」の 3 つの情報を埋め込むことが可能です。
これら 3 つのビット長を選択可能にすることで、適用するネットワークのユース ケースに合わせて柔軟に SID を選択できます。また 1SID の空間サイズ自体が大きくなるため、たとえばモバイル 5G ネットワークに求められる多数同時接続要件等へも十分な対応が可能です。
前述したとおり、セグメント ルーティングは SDNとの親和性も高く、サービス チェイニング要件にも対応します。SR-MPLS では、サービス識別子を Label として積み重ねることで、SRv6 では SID の「Function」にサービス識別子を埋め込み Segment Routing Header(SRH)と呼ばれる IPv6 拡張ヘッダーに SID をスタックすることで(図 2-3)、適用するサービス群を送信元ノードから定義します。SDN コントローラにより送信元ノードへチェイニング情報を書き込むことにより、ユーザごとのサービスチェイニングもセグメント ルーティング ネットワーク上で実現が可能です。
2.3 ネットワークスライシング
ネットワーク スライシングは、次世代ネットワークに期待される機能要件の 1 つとして VPN や QoS、トラフィックエンジニアリングなどさまざまな手法による実現が議論されています[6]。セグメント ルーティングでは、トラフィック エンジニアリングの技術を活用し、ネットワーク リソースを最大限有効化したスライシングが実現できます。2 種類の技術がネットワーク スライシング実現に適用可能であり、1 つは SR-TE[7]、もう 1 つが Flexible Algorithm(Flex-Algo)[8] と呼ばれるセグメント ルーティングとともに開発が進む新たな提案です(図 2-4)。
SR-TE は、従来の MPLS-TE と同様のコンセプトで、SID の積み重ねにより任意の経路でパケット転送を行うことができます。適用例としては、ユーザ単位でのパス制御などが想定されます(例:ユーザ 1 : 高品質回線、ユーザ 2 : 低遅延回線)。
Flex-Algo は、 IGP の拡張機能により実現されるマルチトポロジ ルーティング技術です。各ルータはアルゴリズムごとの IGP トポロジ データベースを持ち、それぞれのアルゴリズムで IGP パス計算が行われます。適用例としては、サービス単位でのパス制御などが想定されます(例:Algo-0: ベスト エフォート トポロジ、Algo-128: 低遅延トポロジ)。
SR-TE と Flex-Algo を柔軟に組み合わせることで、さまざまな要件に対応するネットワーク スライシングが実現できます。
参考文献
[1] RFC 8402: “Segment Routing Architecture”
[2] Internet draft: “draft-ietf-rtgwg-segment-routing-ti-lfa”
[3] Internet draft: “draft-ietf-spring-segment-routing-mpls
[4] Internet draft: “draft-ietf-spring-srv6-network-programming
[5] Internet draft: “draft-ietf-6man-segment-routing-header”
[6] Internet draft: “draft-ali-spring-network-slicing-building-blocks”
[7] Internet draft: “draft-ietf-spring-segment-routing-policy”
[8] Internet draft: “draft-ietf-lsr-flex-algo”